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No.448に関するツリー
- ▼-生活保護を受けた人181万人 [WEB多事争論編集委員] (03/06 20:19)
- ├Re:生活保護を受けた人181万人 [解なし] (03/06 23:02)
- ├Re:生活保護を受けた人181万人 [くらりん のぶこ] (03/07 14:29)
- ├Re:生活保護を受けた人181万人 [whoot] (03/08 18:32)
- └Re:生活保護を受けた人181万人 [木村] (03/09 02:32)
[448] 生活保護を受けた人181万人
- 投稿者
- WEB多事争論編集委員
- 投稿日
- 03/06 20:19
去年12月に「生活保護」を受けた人は181万人に。
180万人を超えるのは53年ぶりということです。
仕事や住まいを失う人に対し、
日本では、
「生活保護」よりも前までの段階でのセーフティーネットが
手薄いことや、
今ある仕組みについても、
使い勝手が悪いことや
(たとえば、
住まいを失った人に対して自治体が提供する公営団地について、
「ハローワークから遠く電車賃がかかりすぎるため、
そこに住むと就職活動ができなくなる」という声を
聞いたことがあります)
仕組みごとに担当する行政機関が異なることから
それぞれが結びついていないことへの批判・指摘があります。
「仕事を失った場合、住まいを失った場合、
もっと、こうした仕組みがあったらいいのに!」という
ご自身の経験、人から聞いた話、
ありましたら、教えて下さい。
[449] Re:生活保護を受けた人181万人
- 投稿者
- 解なし
- 投稿日
- 03/06 23:02
最低限、仕事をやすやすと失わない世の中、住まいを失ったりしない世の中にしてほしい。セーフティーネットなんて言い方は聞こえがいいが、他人を命の瀬戸際まで蹴落としておいて、奈落の手前に網を張って、せめてもの免罪符にしよういという了見としか思えない。あなたの持てるすべては、ほんらい私のものでもあるはずだ。返せ。返せ。返せ。
[451] Re:生活保護を受けた人181万人
- 投稿者
- くらりん のぶこ
- 投稿日
- 03/07 14:29
生まれてから死ぬまで、衣・食・住 何れかがかけても、生きていくことが出来ません。
主要都市では、住宅に掛かる費用が高過ぎます。
賃貸では月収の4分の1が家賃になり、もっと高いかも知れません。
分譲では土地が無いので高層化し、購入価格も高くなり、高額所得者でなければ、購入・維持して行けません。
一戸建てでは、耐震化・CO2削減対策化など新しい付加価値が付き、購入価格が高くなります。
収入が下がっている中、新たに住宅を購入するのは困難です。補助金や低金利の貸付ではなく、購入金額が下がるように、ならなければと思います。
3階建てを2階建てするとか、2階建てを平屋にするとか、この位の意識改革が必要では?
厳しいことを書きますが、(健康である事を前提です)失業したら交通機関は利用は避けます。移動は「自転車」か「徒歩」です。JRの駅2個分距離は自転車でいきます。駅まで遠くてもバスは使いません。自転車です。
[452] Re:生活保護を受けた人181万人
- 投稿者
- whoot
- 投稿日
- 03/08 18:32
年越し派遣村という暫定的なものではなくて、恒久性のある施設を作って職や家を失った人達に提供してほしいですね。それもこれまで公共機関の作ってきた「箱もの」ではなく、安藤忠雄さんや磯崎新さんたち当代一流の建築家の方々に、21世紀の長家を作ってほしいです。つまりひとつの魅力ある「街」を作り上げる。そこにネットカフェなどにいる若い人たちも集ってくる。部屋は小さくてもいいから、公衆浴場や野外劇場なんかも作ってほしいですね。ブルースでもロックでも演歌でもミュージシャンを呼んできて景気づけに一発歌ってほしい。「街」となって人が多く集まれば、周囲に店もできるだろうし屋台なんかも集まってきて、明日への希望も語れる。そこに何か新しい文化が生まれてくれば、生きていく活力になると思います。同じ境遇の人達同士で連帯感も生まれると思う。
西成区釜ヶ崎は、かつて人生の出直しができる場所だったのが、今ではそうではなくなってしまった、というレポートをテレビで見ましたが、「21世紀の長家」の隣りには無料の職業訓練所を作ってほしいと思います。新しい技術を身につけようとする人達に積極的に投資をする。その隣りにはハローワーク的な人材紹介所を作って、就職を斡旋する。収入が安定しても、そこを出ていきたくないと思うほどの魅力的な文化度の高い「長家」を作ってほしいですね。それを全国に作る。一律なものではなく、各々の地方の特色を持った色々な建築家の様々な形態の「長家」が出来上がる。公共事業が減っている現在、林業や農業など人手が足りない産業に人材を供給できるような、例えばある地方には里山の自然を活かした豊かな農園長家を作ってもらい(是非、安藤忠雄さんに)、そこで農業をやってみたい人たちを指導するとか。そして収穫祭には野外劇場に「劇団四季」を呼んでミュージカルをやってもらう、あるいは宮沢賢治のように農園長家の人達で楽団を作るかもしれないから、小ホールも作ってもらう。
これまでの行政は、やることは一応きちんとやってます的で、「箱もの」の施設も無機的で、立地にしても分散的、それをもっと血の通った行政にすべきだと思います。徳川時代なんかは、今に比べてかなり厳しい社会だったと思うけれども、ある意味現在よりも庶民の文化度は高かったと言えるのではないでしょうか。その要因のひとつが「集積化」ではないだろうか、ということですが、グローバル化による格差社会というものが、もし避け難いものであるとするならば、行政は、それを経済的にだけではなく、文化的にも補うべきだと思います。グローバル化した市場経済による格差の固定化と文化の均一化に対するアンチテーゼと言うか、21世紀の文化遺産が高層ビルだけというのはどこか違うように思う。文化遺産になるほどの「長家」を作ってほしい、そうゆうことが社会の活力の源になっていくのではないか、と思います。
誰だったか、以前ある外国人が日本に来日した時の呟き、「この国の豊かさは、この国の人々の貧しさの上に築かれている」という言葉が非常に印象的でした。GDPの指標を上げることだけに傾注して、個人が経済的にも文化的にも貧しいばかりの状況は、政策によって是非変えていってほしいと思います。
[454] Re:生活保護を受けた人181万人
- 投稿者
- 木村
- 投稿日
- 03/09 02:32
仕事を作る仕事という物があります。別の仕事にするために、あえて効率が悪い仕事の仕方をすることもあります。
よく指摘されているように公共事業でそういうことが行われています。
企業単体でやるなら企業に問題はありますが、社会システムでそういったことをする必要があるとき、どこに問題があるのでしょうか?
少なくてもコストパフォーマンスは最悪としか言いようがありません。
公共事業にある種、福祉機能を求めている弊害だといわざるを得ません。
どのような企業にも役に立たない人がいます、それどころかいるだけで邪魔になる人もいます。そんな人でもいると職場環境がよくなるという場合もありますがそれすらない人もいます。
その人がやる気がないなら、”やめろ”と直接言えますし、やる気になれば化ける場合もあります。
しかし、やる気があるのに、役立たずで邪魔という人間はいます。少なくても私の周りにいました。
誤解のないように言いますと、その環境での話であって、別の環境であればその才能を発揮できる可能性がありますし、その人の尊厳を傷つけようという話ではないです。
しかし、その才能を発揮できる場所に必ずつけるわけではありませんし、そういった場所が成長産業ではない場合、その場所に行くことはリスクのある賭けになってしまいます。
やる気があるのに役立たずでありながらその環境にいる人は、基本的にまじめで、努力家です。また、ルールを守るあまり、うまく立ち回ることができないいわゆる不器用な人が多いと思います。
そういった人は生活をするための糧をえるため、ストレスをため欝になり仕事の効率を落としさらにストレスをという悪いスパイラルに陥り、ぼろぼろになった状態でようやく仕事をやめます。
家庭環境や家族の期待、世間体などもあると思いますが、飯を食うためにだけに自分の体をぼろぼろにする必要があるのでしょうか?
別の角度から見ると、飯さえ食える環境があれば、ぼろぼろにする前の段階で仕事をやめ、より早い段階で別の仕事で能力を出せる可能性もあったわけです。
現在ひきこもりの人数は160万人いると言われています。その全員が生活保護を受けるかはわかりませんが、今後生活保護の受給者数はさらに増える可能性が高いと思います。
コストパフォーマンスの高いセーフティーネットの方法を考えるべきではないでしょうか?
少なくても、コンピュータを使えて自由な時間さえあれば、ある程度のことができる世の中です。
必要最低限の健康で文化的な生活というものを考えてみるべきではないでしょうか?
食事と寝る場所と衣服を提供できればいいと思います。一番簡単のなのは、食事と衣服を提供できるネットカフェでしょうか?
場所は田舎にすれば地代は節約できるでしょう。食事や衣服は、税金や廃棄処理料を考えれば格安で手に入れることはできるでしょう。実際、在庫調整で捨てる野菜というのがありますし、古米古古米というものが、山というほど倉庫にあります。(かびていないことを期待したいですが。)
ある程度大きな施設を作り、人数を一箇所に集めることにより輸送コストや世話をするためのコストを下げる。かなり基本的なことでしょう。
ある程度ルールを作りそれに違反しない限り、期限を気にせずいることができ、ルールに不満があれば、いつでも出れる。そういう施設があってもいいと思います。当然すべての生活保護をこれで済ますというのは問題があると思いますが。
しかし、経費を極限まで下げることにより、ある程度条件を緩和し、望む仕事がない程度でも入れる事ができる施設ができるような気がします。
ただこれだと働くモチベーションがあがらないのも事実です。また管理も大変ですので、この施設に入るとき、物を所持することを禁止ということにすべきですかね。後現金の持ち込みは禁止で、それらは、施設に入るとき施設に預けるということで。
あと、トラブルの元になるアルコールの摂取も禁止でしょうね。
「働かざるもの食うべからず」だと、働けないのなら死んでしまいます。
「働かざるもの持つべからず」ぐらいで今はちょうどよいと思います
前も書いたかもしれませんがお金を使うのが下手な人がいます。その人にお金や、物を所持する権利を与えるとその人の健康で文化的な生活を奪うようなことをしてしまう事があります。
ある意味治療的な意味で、権利の一部であるものを制限する必要があるのかもしれません。
生活のために権利の一部を預けるということに、違和感を持つ方もいると思いますが、実際生活のために戸籍を売る人もいます。
それならば、そういったことがないように一旦国が預かるのもありだと思います。
どんな賭けに負けても、雨露塞げて暖かい寝床と食事と着るもの、再起をかける為の情報源としてのネット。ルールさえ守れば、これだけは国が保証してくれる。そうすれば、いろんなベンチャーを起業したり、夢を追いかけたりする人が増えるのではないでしょうか?
これをすることによって、不要な工事をしてまで仕事を作るという、無駄なことをしなくてもいいのではないでしょうか?
あとこの話だと子供がいる場合どうなるかということになると思います。
しかし生活に困窮している人間に子供を育てる資格があるのでしょうか?
特に悲しい事件が最近あっただけに、生活保護を受ける親からは子供を保護すべきではないかと思います。
もしどうしても一緒にいたいなら、保護した施設で働くべきではないでしょうか?
多分、いろいろと事情がある方もいるとは思いますが、今そういった事情よりも、子供の命を大切にすべきだという思いの方が勝ってしまいます。













